今回のアドラー心理学は、
「アドラー自身の個人的の背景」についてお伝えします。
今回 解説は「実践心理学」の解説でお馴染みの、
【可愛 彩香さん】にお願いすることにしました。
では、あやかさん!、よろしくお願いします!。
アドラーの生きた時代
今回は趣向を変えて、アドラー個人の生きた時代についても見ていきましょう…。
それでは、どうぞ…。
アドラー心理学は日本でも生き抜く知恵として
有効だと注目を浴びています。
今回は、アドラー個人の生きた時代と彼が考えたことを
日本人に解りやすくご紹介させて頂きます。
アドラーの個人的背景
アルフレッド・アドラー
オーストリア
1870年生まれ-1937年死亡
父はハンガリー生まれ、母はチェコスロバキア生まれで
両者とも東欧ユダヤ人です。
彼は1897年に、ロシア生まれの
東欧系ユダヤ人と結婚しています。
1914年から1918年の第一次世界大戦は
人類史上最大の戦争とされた戦争に、
1916年彼は軍医として従軍し、
神経症やPTSDの患者を治療しています。
このとき、彼は共同体の大切さを理解したと言われています。
戦後は終戦の混乱の中、子供たちへの教育や医学、
ソーシャルワークなどを通じ一般の人たちに
精神医学や心理学を解いていきました。
オーストリア出身の精神科医、心理学者、社会理論家。
フロイトとユング同様に
現代のパーソナリティ理論や心理療法を確立しました。
1911年以降はフロイトのグループより離れ、
彼自身のアドラー心理療法を確立しています。
当時のヨーロッパ状況
彼は東欧系のユダヤ人です。
古代エジプトと同様に、ユダヤの血統を伝えるのは女性です。
結婚は同じ東欧系ユダヤ人か、
改宗させるしか道がありませんが、
全く異なるキリスト教徒が改宗するには
かなり厳しいテストがあり、
最終的にラビ(ユダヤ教の司祭)の
テストを受けねばなりません。
欧米諸国では、1960年以前の結婚は
同じ宗教の同じ行動規律を持つ者同士の結婚しか
存在できませんでした。
英国でも異人種間の結婚は禁じられていました。
彼が子供時代を過ごした時代、ユダヤ人たちは
常に少数派で土地を所有することを
許されていませんでした。
ユダヤ教徒の特別な日は土曜日、
イスラム教徒の特別な日は金曜日、
カトリックの特別な日は日曜です。
彼らの神は同じものを指します。
置かれた場所で咲く花になれ
彼らは創造主の前では、すべての人間は同じと考えます。
同じメーカーから作り出された作品である人間は、
多少モデルが異なっても基本は同じ、
役割が違うだけと考えます。
ユダヤ人の信仰とは生活に対する規律を言います。
日本とアメリカでいう宗教とは「崇拝し信じる」を
指しますが、
欧州のキリスト教徒やムスリム(イスラム教徒)も
ユダヤ人は心の中で何を感じているのかは関係ありません。
生活の戒律とモラルだけを重視します。
フロイトも東欧系ユダヤ人ですが、
大きく異なる点はフロイトは問題を探し出して
認めるスタイル。
アドラーは全ての「人」は
創造主(神)によって作られた作品である。
文句を言うより、現実的な対処をした方が
幸せになると考えました。
まとめ
今回は
アドラー心理学をさらに一歩身近に感じるように、
アドラー個人の背景を語らせて頂きました。
日本人がユダヤ人を理解するには、
「神道と氏子」をイメージすると良く
判りやすいかもしれません。
あなたのお役に立てれば幸いです。
それでは、また~~(^O^)。
ビジネスコミュニケーション最適化コーチ たかはしみのる です。こんにちは。この記事は、こんな私が書いています。▶IT業界で人間関係に悩み、コミュニケーションの学びを開始。NLP資格取得・コーチングライセンス取得・アドラー心理学を学ぶなど、小さな学びから始めて大きな成果がでることを実感し、企業研修講師 ・プロコーチ・コーチングスクール講師・オンライン講師 などで活動中。▶【プロフィール】